ありがとうに気づこう/平成29年2月の法話(2)
【担 当】 渡邉和久 師 〔愛知県西尾市 正龍寺 住職〕
【御 題】 「ありがとうに気づこう」
それ衆生あって、斯の光に遇うものは三垢消滅して身意柔軟なり、歓喜踊躍して善心生ず。
わたしは、多くの人と遇い、たくさんの情報に接し、様々な環境の中で暮らしております。私の感覚はこうしたものに左右されて、物事の本質が見えにくくなっております。
ある中華料理店のマーボドーフが辛くてとてもおいしかった。何度か食べて、たまにはと思って、普通のマーボドーフを注文して食べたら、ごく普通の味だった。なんだ、ただ辛かっただけで、ものすごくおいしいと感じたのは、この店のマーボドーフがおいしいという前評判の影響かと思ったことがある。しかし、そのあたりが分かると、このマーボドーフはそれなりにやはりおいしい。これがマーボドーフがおいしいという店の前評判にとらわれない味わいであり、「真実」に接したことであります。
さて、みなさまも日ごろお感じでしょうが、わたしどもは、ありがとうの世界の中にいます。それは阿弥陀様の慈悲に照らされた世界です。阿弥陀様の慈悲に包まれた世界です。気づけば、この世は私をそしてあらゆるものを生かし続けるために手段を尽くしているのです。身の回りに限りなく見つかります。奥さん毎日食事を作ってくれてありがとう。宅配のお姉さん今日も配達してくれてありがとう。放送局のみなさん、今日も楽しい番組を届けていただきありがとう。ミニストップさんポスト利用させていただきありがとう。みなさまも探してみてください。
毎日の生活のなかで、人から何かをしてもらうことは限りがありません。その一つ一つにありがとうの言葉が出てきます。仏様の慈悲に接する「この光に遇う」ということは、このことであります。
この阿弥陀様の慈悲の世界に気づく、真実に気づくと、そこには「三垢消滅して身意柔軟なり、歓喜踊躍して善心生ず」という阿弥陀様のありがたい働きにめぐり合うことができるのです。ありがたいと感じると、こころが気もち良くなる。ありがとうの感謝の言葉がでてくる。そればかりではない。今度は、自分が人に対して何か手助けしよう、自分の力は小さいけれど、できる範囲で何かやってもいいかな。そんな気持ちも出てくる。
さて、わたしの心の中をさらけ出すと、はずかしいことですが、わたしはなんて独りよがりの人間なんだ、自分の利益ばかり考えている、人なんかどうなったってかまわない。自分さえよければ。そんな心が渦巻いている。それが自分だ。こういう自分の姿に気づかしていただいたのも阿弥陀様のお慈悲のおかげ、南無阿弥陀仏のはたらきのおかげと感謝しなければと感じます。
どうぞみなさま、自分の周りのありがとうに気づいていてください。
みんながあなたを支えているのです。
最後までお聞きいただき、どうもありがとうございます。
このたび、当布教師会より法然上人800回大遠忌記念事業として法話集「法然さまからのお手紙とお歌」を出版いたしました。
法然さまが「黒田の聖人(ひじり)」に宛てた一紙小消息を、管長猊下お手ずから、わかりやすく現代の言葉に置き換えていただき、それを一区切りづつ布教師会の布教師がお説教として書き下ろしました。 また法然さまの代表的なお歌を八首取り上げ、それをテーマとしたお説教も掲載しております。
この本のお求めは、≪総本山誓願寺公式サイト「出版書籍のご案内」ページ≫ よりご購入いただけます。(一部1,000円税込/送料別)
前へ
次へ
前の画面に戻る
facebook area